つけ刃と捨て鉢

昨日の大雨が上がって今日は一気に蒸し暑くなった。同じ天気に一喜一憂するのでも、僕らと大分熊本の人たちとでは感じ方がまるで違うだろう。かの地では、名実ともに目の前の景色がすっかり変わってしまったに違いない。
▼新年度の番組改編も2クールが過ぎて落ち着いてきた。大ヒット「あさが来た」の後で心配された「とと姉ちゃん」も無難な滑り出しである。主演の高畑充希はなかなかの演技派だ。テーマソングに宇多田ヒカルの復帰作をもってき、ととに西島秀俊、ととの弟に向井理の東西イケメン横綱を据える盤石の布陣である。今我が家では、何かうれしいことがあると、とと姉ちゃんが鳩を捕まえて三姉妹で手を取り合って盛り上がるシーンをバカ三人でマネして喜んでいる。わかるかな。
▼驚くべきはとと亡きあと一家が身を寄せる母方の祖母役大地真央だ。実年齢は役柄に限りなく近いはずなのに白髪のカツラが浮いてる。この人いったいいくつだろ。そういえばビビッドの真矢みきも続投している。やっぱり女性はきれいが一番。僕も妻には50代で真矢みき、60代で大地真央を目指すように言い渡してある。あくまで目標だが、理想は高い方がいい。
▼さて、休暇が終わると不思議に降って沸いたように仕事が出てくるものだ。相変わらず工事はないが、10年ほど前に口座をいただいて以来途切れていた客先から久しぶりに声をかけていただいた。社長に報告すると、「オマエは余計なことするな。営業に任せろ」とおっしゃる。つい昨日こそ「もう現場は人に任せて営業に専念しろ」と言ってたのに。ではこの僕にいったい何をしろと?ここはどこ?私は誰?僕って何?
▼外相時代の田中真紀子が、ムネオとの闘争の最中に小泉首相に相談すると、「どうぞあなたのお好きなようにどんどんやってください」と言うので、思い切ってやろうとすると、誰かがスカートの裾を踏んづけていて前に進めない。誰かと思って振り向いたら、当の本人が口では「行け行け」言いながら、足下では裾踏んで知らん顔してたという話を思い出した。いったいどっちやねん。
▼休暇中にウエルベックの「服従」を読み終えた。ベルギー同時多発テロ発生直後に読み始め、タイミングよく感想を書くつもりが、すっかり時期を逸してしまった。まああんまり「タイミングがいい」のもよくないか。しかしまだいくらもたってないのに、この忘れ去られようはどうだ。地震のせいもあるが、逆にこうも触れられないと、熊本もちょっと落ち着いたらやっぱりすぐ忘れられちゃうのかなと思わないでもない。
▼もしもフランスでイスラム政党が政権をとったら?というセンセーショナルな仮説ばかり話題になっているが、イスラム国や頻発するテロとの連想から軍事政権やクーデターのようなものを想像すると肩透かしを食う。極右かイスラムかの究極の選択で、蚊帳の外の社会党が極右よりはマシだと穏健イスラム党と連立を組む。
ウエルベックは一貫してインテリやブルジョワニヒリズムをテーマにしてきた(三冊しか読んでないけど)。要するに我々は行き詰っているのだ。その空虚な心にイスラムは簡単に根をおろす。イスラム政権が、フランスだけでなく地中海を中心に勢力を広げていく様は、EUに代わりうる新たなローマ帝国の可能性を示唆する。
▼大学では潤沢なオイルマネーを背景に、教授たちに再雇用の破格の待遇が提示される。目玉は一夫多妻制。少なくとも一人は妻を斡旋してくれる。唯一の条件はイスラム教に帰依すること。とてつもなく難しい条件に思えるが、主人公を含む教授たちはいとも易々と懐柔されていく。主人公は学生時代からユイスマンスに入れ込んできた中年の大学教授だ。彼へのアプローチはユイスマンス全集の監修依頼からだった。憎いほど心得ている。
▼僕は六田登原作の漫画「F」を思い出していた。キレキレの天才レーサーである主人公の父親が大実業家で、その片腕たる部下が父親との出会いを息子に語る場面だ。学生運動から帰って本棚に一度も開いたことのないニーチェサルトルが並ぶ下宿の万年床でエロ本見ながらオナニーしていた自分をボコボコにして「オマエを男にしてやるからついてこい」と言われたエピソードを読みながら、僕は一人密かに赤面していた。そこにいるのはまさに当時の僕そのものだったから。
ウエルベック描く知識人の姿は、この六田登のキャラクターに重なる。まあ僕が知識人を名乗るのもおこがましいが。せいぜいのところ半可通だ。ともかくこんな身も蓋もない話もそうはない。ユイスマンスの小説のテーマは信仰と回心で、最後までその著作に自らの運命を重ねて寄り添っていこうとする主人公も、次第にそんなことはどうでもよくなっていく。
▼人生で自分が大切にしてきたものが虚構にすぎなかったと悟ったとき、人はどうするのか。簡単に転向するか。それともあくまでしがみつくか。どっちにしろあまりかっこいいものではない。僕が学生時代にぶちあたった壁そのものだが、そもそもどうしてそんなことになるのだろう。自ら憧れ身に着けようとしてきたことがつけ刃だからだ。そのことに気づいて捨て鉢になる。その繰り返し。この難題を解く能力は男性にはない。大切なものを大切に育ててきた女性に訊いてみるしかない。



月曜肉巻きにチーズソースサラダにナムル。火曜写真なし、水曜サツマイモ炒めになんとかサラダ。木曜ヨガカレーで写真なし。今日はポークソテーに海鮮サラダ。