運命

土日としっかり雨が降って、ガラリと空気が変わった。名実共に秋の到来である。
▼金曜は定時であがって映画館にダッシュゴーストライター疑惑で世間を騒がせた佐村河内守氏のその後を追いかけたドキュメンタリー「FAKE」を見る。

折しも佐村河内氏が自身の楽曲の使用料として未払いの700万を求めJASRACを提訴したばかり。一昨年の騒動以来久しぶりにメディアに露出したタイミングである。全聾の天才作曲家として「現代のベートーベン」と持ち上げられた氏の楽曲の全てが、現代音楽家新垣隆氏の手になるものだった事件については今さら説明する必要はないだろう。
▼監督はオウム真理教広報副部長荒木氏を追った「A」の森達也。マスコミの報道とマスコミに踊らされる世論に対して常に懐疑的な、いわゆる逆張りのジャーナリストだ。森は事件以来ほとんど表に出ず、奥さんと二人でマンションに引きこもる佐村河内氏にカメラを向ける。髪を切り、髭を剃って臨んだ謝罪会見から半年。氏は再び元の長髪、無精髭、サングラスの胡散臭いルックスに戻っている。
▼「佐村河内さんの不利になるような番組には絶対しません」出演交渉の際の約束にもかかわらず、氏を貶める内容になっているバラエティ。被爆手帳を見せながら父親が「世間は一人残らず敵に回った」と嘆く、マンションで親子で迎える正月。「音が聞こえなくても旋律は頭の中で流れている」と擁護する全聾のメンタルトレーナー。アポなしで新垣氏の新著のサイン会を訪れ、その後新垣氏サイドが取材依頼を拒否した旨のテロップが流れる。一貫して森は佐村河内氏の言い分に耳を傾ける。
▼その潮目が変わるのが「ニューリパブリック」誌取材時の撮影だ。「18年間新垣氏に代筆を頼んでいたのはスコアが読めないからっていうけど勉強しようと思わなかったの?そんなに難しいことじゃないじゃない?だって読める方が便利でしょ?」佐村河内氏が持ち出した指示書を見ながら「これを普通の人は音楽とは思わない」記者の質問は単刀直入だ。本当は耳が聴こえるかどうかなんて二次的な問題に思えてくる。
▼これを受けて森氏もついに佐村河内氏に本質的な質問をぶつける。「佐村河内さん、作りましょうよ。あなたが本当に音楽が好きなら、このブランクの間に頭の中に音楽が溢れているはずだ」そしてネタバレ厳禁の「衝撃のラスト12分」に続くのだが、簡単にネタバレしてしまうと、シンセサイザーに打ち込む形で、彼は大河ドラマのテーマソングのような曲を一曲作ってしまうのだ。
▼これをもって「やっぱり佐村河内氏には曲を作る能力があって、新垣氏に協力してもらってただけなんだ」とか「やっぱり奥さんが共犯者なんだ」とか「やっぱり耳が聴こえてるんだ」とか感想は様々だろう。ただ僕にはどうしてこの期に及ぶまで、つまり自身の味方をしてくれるドキュメンタリー映画のラストシーンになるまで、散々促されてやっと重い腰をあげるような形でしか大好きな作曲行為に至らなかったのかという疑問の方が大きくなってしまう。
▼振り返れば佐村河内氏を擁護するエピソードであるはずの場面にさえ、隠しようもなく立ち現われてくるものがあった。「一番信頼していた友人からも裏切られた」と嘆く父親の横で何度となくうなずく息子。「聴こえなくても口話である程度予測がつく」と佐村河内氏を擁護するメンタルトレーナーの話し方が、氏とは比較にならないほど聾唖者のそれであること。なにより隠し撮りまがいの突撃取材にも嫌な顔ひとつせず応える新垣氏の晴れやかな顔。
▼FAKEという同じ結果にたどりつくために、我々はそれでも逆張りのやり方で検証し直さなければならないのだ。相手の非を一方的に糾弾するやり方は、全聾の天才作曲家という語彙矛盾を盲目的に信奉するメンタリティーと表裏だ。そもそも我々に佐村河内氏を笑う資格があるだろうか。図面は読めないし引けないけど、毎日作業指示書は書いて仕事してるつもりの僕も、ある意味佐村河内氏のようなものだ。
▼「技術屋」佐村河内氏が新垣氏の印象をきかれた時の答えだ。まるで曲の発想の部分は自分で、彼はただそれを音符に直しただけと言わんばかりだ。しかし音楽とは、その「発想を音に変換する行為」のことを言うのだ。それは建築でもデザインでも他のどんな仕事も同じである。努力して身につけたその分野の専門的なスキルを駆使してアイデアを具現化する作業。それは才能はともかく、訓練により修得した技術を持つものだけに可能で、誰にでもできるわけではない。
▼とはいえ人はさだめに従って生きるほかはない。彼がこんな風になったのも、ある意味運命の悪戯だ。僕がこの映画で印象的だったのは、来客の際お茶請けとして供される大きなケーキ。それに佐村河内氏が奥さんの作ったハンバーグを前にひたすら豆乳を注ぎ飲むシーン。「豆乳が好きすぎて毎食必ず一本飲むんです」どうでもいい話だ。だが我々もまた、同じようにインスタグラムに自分の趣味嗜好を撮ったスナップをアップし、ブログで自分語りをやめることができないのだ。

金曜はトリマヨに芋サラダ。映画の後はまっすぐうちに帰って食べる。

デザートのタルト。

土曜はちょっと高級な回転寿司。

大トロ一皿680円(税抜き)。スリリングだ。下の子に一枚だけ食べて同じ種類の皿を二度と食べるなと言ったら妻に怒られた。総額は100円寿司の時の倍になる。

その後下の子をうちで下してブックカフェでまったり。寿司を食べると喉が渇く。