月満ちて

今日は土砂降りの雨の中、午前中いっぱいずっと車を走らせていた。途中で停めて降りることができないほどの雨である。一昨日の家族会が遠い昔のようだ。
▼カーラジオはエミール・ギレリス生誕百年特集。窓を打つこの雨のように激しい連打が耳に飛び込んでくる。鍵盤か指のどちらかが傷んでしまいそうだ。ミスターベートーベンと呼ぶに相応しい激情迸る演奏である。こんな音を聴くと、やっぱりロシア人にはかなわないなと思ってしまう。こんな音は日本人には逆立ちしたって出せっこない。
▼土曜日の晩方、父の傘寿祝いに3家族10人が集まった。みんなの顔がそろうのは、2014年の正月以来約2年半ぶりのことである。今回の家族会は、3ヵ月以上も前から僕が音頭をとって計画してきたものだ。50年以上生きてきて、長男らしいことをしたのも初めてなら、親孝行らしいことをしたのも初めてのことである。
▼自分を買いかぶって転職を繰り返すうちに歳月は過ぎて、友人のはからいで現在の職を得て十余年。生活が落ち着いてきたのはようやくここ1、2年のことだ。この間、10年前に弟の奥さんと子どものお披露目を兼ねた集まりを皮切りに、父の仕切りで2、3年に一度の頻度で家族会が行われてきた。これ以上あくと途切れてしまいそうな、ギリギリの間隔である。
▼会場は僕の住む街のホテル。それ以外の場所ではうちの子どもたちが参加できない。金曜は残業して仕事をやっつけ、土曜の現場も半日で切り上げて、新幹線で出てくる両親を妻と二人で迎えに行く。弟一家は反対方面から車でくるはずだ。ちょっとした行き違いはあったものの、なんとかここまでたどりついた。
▼僕らをホテルで下すと、妻はそのまま下の子を大会の会場に迎えに回る。上の子は職場から車で直接くることになっている。子どもたちの都合で20時からにした夕食まで十分余裕があるはずが、バタバタしているうちにあっという間に過ぎていく。ひと風呂浴びて父とウエルカムドリンクで乾杯。

そうこうするうちに妻と子どもたちが到着して食事の時間である。
▼弟の子どもはまだ小さいので、20時という時間設定に奥さんは不満そうだ。

土曜日で混雑しているのか、飲み物が出てくるまでに時間がかかる。

30分が過ぎてようやく前菜と子どもの食事が出てきた。次の品が出るまでにさらに30分。

気がつくと僕は仲居に「ふざけるな」と声を荒げていた。

最後に記念撮影をして全てが終わる頃には23時。いろいろとサービスに難もあったが、父が終始機嫌がよかったのには救われた。母は相変わらずマイペースである。
▼父と弟夫婦と成人した上の子も交えて部屋に戻って少し飲むつもりだったが、時間が押して結局弟と二人だけで一時間ほど飲んだ。人のことは言えないが、弟は見るたびに太っていく。ほとんど病的なレベルだ。病気(アル中)だった学生時代は頼りきりで、社会人になってからはほとんどつきあいのない弟についてわかることはそう多くはない。弟の目には、このスーパーエキセントリックで暴君のような兄はどう映っているのだろう。
▼翌朝、部活のある下の子を送っていくはずの上の子が一番遅く朝食会場に降りてきて、妻になんでもいいから適当にとってと頼んでいる。食に執着がなく面倒臭がりの彼はバイキングが大の苦手なのだ。

朝食を終え、まず子どもたちが出てゆき、次に両親を駅まで送る僕たちがチェックアウト。弟一家はもう一度スパに入ってギリギリまでいるらしい。
▼鋼鉄のタッチがピアノソナタ8番「悲愴」から14番「月光」に移る。「月の光が水面を照らして素晴らしい眺めだった。ちょうど満月できれいだったなあ」一昨日父が言っていた景色が再び眼前に現れる。「月光」は名曲ではあるが、聴いてここまで感動したことはなかった。音が月の光となって空から降ってくるようだ。ほとんど中原中也の一つのメルヘンの世界である。
▼妻は今朝、なぜか身体がだるくて起き上がることができず、パートを休んで一日寝ていたらしい。土、日と運転し通しで、知らず知らずのうちに気が張っていたのだろう。このおもてなしが無事に終わったのも、まずは妻のおかげだ。次第に満ちていき、ついに満月を迎えるまでのこの一週間のウチゴハン

水曜照り焼きチキンにマカロニサラダにブリの塩焼き。

木曜ヨガカレー。

金曜豚の生姜焼きに卵サラダ。
▼両親を駅で見送って、妻と二人でスタバで慰労会。

日曜はきのこパスタにいろどりサラダ。

そして今日は焼き餃子に豆苗サラダ。

みんなが再び元気な顔をそろえる日に向かう第1日目という意味で、今日は我が一族の新月の日だ。